富士山(三十二座目/百)
前回富士山に行ったのは六年前にカツノリと二人で。そのときも御殿場口から登り始め、八合目の山小屋・赤岩八合館で宿泊後、体調不良のため登頂せず下山。登頂できずに下りてくると、やはりどっかでそのことがずっと引っかかっているものである。いつか登りたいなあとは思いつつも、なにしろ前回の記憶があるので気乗りしない。体力的なことはもちろんだけど、精神的にやられる山なのだ。
てことでずっと後回しにしていたけど、今回中一になった娘が夏休みの自由研究で富士山をテーマにすることもやぶさかではない、という雰囲気になったので娘も私も(多分カツノリも)イマイチ乗り気ではないまま、渋々と一路御殿場へ向かう。
御殿場ルートの辛いのは身に染みて知っているものの、登山道での混雑もトラウマレベルに嫌い。道の辛さか混雑の辛さ、天秤にかけて道の辛さを採る。(精神的)地獄のロードのスタート。
六年前にはまだ開通してなかった新東名を通りPAでの仮眠を経て登山口へ。7:00に身支度を整え駐車場を出発。お盆の連休終盤ながら、相変わらず駐車場にはかなり余裕がある。
ちらりと富士山の姿。巨大な土色の塊で、遠くから眺める優美な姿とは全く印象が異なる。
御殿場口の鳥居の前で「登山協力金」を支払い、登山スタート。
ところでこの協力金、以前は入山料として全員徴収するか否かの議論になっていたものの、結局こうして協力金という名の任意のものに落ち着いたらしい。本来は一人千円だが、大変申し訳ない、ちょっと意図がよく理解できずに三人で千円しか払わんかった。
しばらく歩くと、ブルドーザー道を登っていくブルに出会う。毎回思うが、ほんと乗せて。
景色は、出ましたこの有様。前回と全く同じ様相に、ただただ辛さが身に染みる。目を癒す景色もない。植物もない。動物もない。あるのは雲と一緒に流れてくる細かい羽虫の大群だけ。しぬ。
時折、ふと雲がなくなることもあるけど、見える景色はいつでも一緒。砂礫は踏み込んでも手ごたえがなく、進んでる感覚がない。一歩進んで半歩押し戻される感じ。しかも妙にフワフワとして車酔いの気分。いいこと一つもない。しぬ。
8:30、2000m地点。だからって何もない。しぬ。
13:00、3000m地点。だからって何もない。しぬ。
もう本当に何もない。最初に通過した山小屋はずっと休業中。せめてここの中に入れて、トイレでもあればどれだけ楽か知れないけれど、何もない。なぜこの道をまたもや選んだのだと自問自答、自責、後悔、あらゆるネガティブ感情が渦巻く。
15:30、本日の宿泊地・赤岩八合館に到着。ここにたどり着くまで8時間半、こんなに写真のない登山ってない。
赤岩八合館の前から見下ろした宝永火口。
数日後に迫った総合火力演習のためにずっと爆音轟かせていた、自衛隊の演習場あたりが雲の下にぽっかりと。
まあそんなのどうでもいいよ……と疲労困憊のばばあが佇む。
その日の夜も、例によってカツノリはお決まりの高山病的症状。私は前回の教訓を生かし登山前の仮眠とアルコール抜きを実践したので、身体に異変は一切なし。自衛隊の砲撃の音は深夜まで断続的に続き、混雑の山小屋、狭い布団、うるさいイビキに苛まれ、まんじりともせずに一日目は暮れていく。
さて明けて二日目。まあまあのお天気で、眼下には雲海が。
雲が寄せては引いてを繰り返し、ご来光の瞬間は残念ながら雲の中。ようやく雲が引いたところで写真を一枚。
というかこの時すでに、私の方へ高山病症状が出現。頭痛と吐き気と腹痛に苛まれ始める。もう登りたくなくて涙目のところにスッキリした顔で「もう治った」とかカツノリが言い出すところも全く前回と同じである。
でもここで前回同様下りてしまっては、またここに来なければいけない。はっきり言ってもうほんと富士山ヤダ。二度とヤダ。その気持ちだけが私をなんとか頂上へ向かわせる。
お腹が痛くて三回行ったり来たりを繰り返し、ようやく本気で出発できたのは6:40。天気は午後から下り坂となっていたが、予報は全くあてにならない。
上を見上げる。この青空が続いてくれれば最高なんだけど。
そうは問屋が卸さない。
旧観測所を通り過ぎれば、
すぐそこに!
8:50、登頂。あー頑張った。
さ、帰ろ帰ろ。周りは何にも見えないし、人は次々登ってくるし、長居は無用なのである。
下山はとにかく下る下る。御殿場道の唯一のアドバンテージ、大砂走に突入。
加速についていけず何度も転がり落ちる娘。三人で我先にと駆け降りる。
登山口から山頂まで、11時間近くかかった道のりを三時間半で下山できるのは富士山ならでは。引かれる後ろ髪もない。とにかく早く帰りたい。早く下りて温泉だ!コーラだ!おうちに帰って猫ちゃんのエサだ!!
12:30、無事下山完了し前回と同じ御胎内温泉健康センターへ。大人700円。普通の温泉。娘にとってもいい経験にはなったらしいが、二度と来たくない、少なくとも御殿場口からは絶対登らん、とのこと。まあ人間は忘れる動物だからなあ。
私も六年前に残した宿題を無事回収。富士山よありがとう、二度と行きません!(忘れる動物だからなあ)