妄想回顧録

多少元気が回復したので先日の発表会を振り返ってみます。会は2部構成で、私の出番は1部でコッペリアより戦いのヴァリエーション、2部でドンキの町娘役。コッペリアは朝日、祈り、仕事、平和、そして戦い、全員が大人で初心者より多少踊れるようになっているものの、ジュニアの中の熾烈な役争奪競争に入る余地など勿論あるわけがなく、でも大人初心者たちに混ざりエキストラだけやらせるのも気の毒…的な人選により頂いたヴァリエーション集。丸太や枯れ木が哀れ、それだけは立派な可愛らしい衣装を身にまとい、無縁の観客には一番いたたまれないひとときを提供したことでしょう。誰も自分のことなんて見ていないんだと暗示をかけつつも、指先まで氷のように冷たくなった両の手のひらを握り締めて、暗い袖で緊張に震え上がりながら毎回思うのは、私は発表会が大嫌いで、好きなのはこの前日までの指折り数える緊張感や、踊りに打ち込むレッスンが好きなだけだということです。次々と息を切らしながら袖に戻ってくる皆が羨ましくて仕方がなく、引きつった笑いでお疲れ様、と声を掛けながらも、私も一刻も早く終わらせたいと願うのです。踊りはひどいものでした。前日までの腰痛治療の甲斐もあり、適宜摂取した高含有アミノ酸や高額なユンケル効果も相まって、身体のコンディションは必ずしも悪いものではなく気持ちよく動かせたのですが、身体が動くぶん余裕のある頭で認識するのは、伸びきらない足に抜けて反ってしまった上体ばかりで、しかし如何せんそれを修正するテクニックは無いのです。練習では一度たりとも間違えたことなどなかったコーダでは、ただのパドシャをグランパドシャしてみたり、二人でそろえる所を散々間違え倒し、ウッソ〜と愕然の表情を残し緞帳は下りたのでした。


2部のドンキより結婚式の場では、踊れるジュニア中心なので大人は勿論トラの立ち役です。一曲群舞のために袖に引っ込む以外はずっと舞台上で後ろに立ち、扇子を振り振り、ヴァリエーションで出てくる子供たちをはやします。一番の見せ場であるキトリとバジルのグランパドドゥ、バジルは元東京バレエ団のゲストダンサーです。椅子に腰掛け、笑みを張り付かせた顔でひっそりと背景に同化した私の上を、前方で踊る主役を追いかけるピンスポットが右に左に通り過ぎていきます。その光景を後ろから見ると暗く日食のように真っ黒い主役の二人とそれを縁取る眩いばかりの白いライト、影に入った私にはまぶしいようでいて、決してそのスポットは当たることはないのです。ほんの数十センチ先に広がるセンターはさっきまで私が無様な踊りを露呈した同じ場所とは思えぬほど手の届かぬ遠い存在となり、ふとその背中を妬ましげな視線で凝視するコールドバレリーナの気分になるのです。私と彼女たちは既に土壌が違うので、自分がその地位を得たいとはゆめ思いもしませんが、同じ歳で同じ年数踊っているのにその差が開いていくばかりのジュニアたちの視線の先には、私が見ているものと同じ、光を遮る漆黒の主役たちの影が立ちはだかっているのです。その目にうつる暗い影を思うとき、トップに立つことが無いのなら、私は今のこの大人初心者と演ずる生きた壁紙の方が良いと偽りなく思ったりもします。バレエの舞台は厳然たるヒエラルキーに支配された場所でありながら、その頂点から底辺までが取り憑かれたように執着してしまう恐ろしくも魅力的な場所で、終演後に緞帳の裏ではしゃぎながら、次の発表会の演目にまで話が及んでしまう場所なのです。私も身体の続く限りは、この恩恵に預かって末席に立ち続けて行きたいと改めて思うのです。