『三月は深き紅の淵を』

私は特に好きな作家というものはいない。なんか良い本はないかなあと書店に行き、適当に平積みされた話題の本や新刊、はたまた壁面に並ぶ女郎屋の年増のような文庫を見るともなく見て、まずはタイトルで印象に残るものを手に取る。そして帯なり、背表紙の解説なりを読んで買うかどうか決める。まあ要はこだわりのない、一般的な選び方しかしていないのだけど、ふと手に取る最初のプロセスでこの本の著者、恩田陸を選ぶことが多いような気がする。手にとって初めて、ああまた恩田陸か・・・なんて戻したりもする。特に好きな作家というわけでもないけど、買って読むと失敗したということも無い。実は好きなのだろうか。この『三月は深き紅の淵を』も不思議な余韻を残す秀作だった。


4部構成の長編で、文中にしか出てこず実在はしない(?)『三月は深き紅の淵を』という、同じく4部構成の幻の小説にまつわる逸話が次々と登場する。最初は短編集かと思ったが、2部を読むうちに趣旨がつかめてくる。3部でそれは確信となり、最終章では作者と共に『三月は深き紅の淵を』という劇中劇を共に思索する。決して読むことのできない魅惑の小説が文中の『三月は深き紅の淵を』、しかし現在私が手に取り、現実に読んでいるこの小説もやはり『三月は深き紅の淵を』…現実と空想が混沌とする結末同様、私もその世界に飲み込まれていくような、作者を追体験する奇妙な感覚に襲われる。この世界観に吸い込まれていく感覚が嫌ではない。やっぱり好きなんだろうか恩田陸