チェコ、色彩のリズム


数年ぶりになんか描くことに決めたものの、消しゴムどこ〜?紙ってあったっけ?てな感じで既に3日ほとんど寝てないのに何にも進んでない状態。引き出しをひっくり返していると、私が完璧に筆を折ってしまう直前に描いたものが封筒に入ったまま出てきた。精神的にゆらゆらと過渡期にあった当時、丁寧に仕上げつつも観念的で客観性を欠いたそれ。達成感もなくただ仕上げ、しまい込み、そして私は何も描かなくなった。今それを見てみると、意外に冷静で色彩感を全く排除し単純化した(すこぶる良く言えばそういうこと)それに、一応私のある時点での終着点を見てとれないわけでもない。
私は学生のときから色を使うことが苦手で、色を使うと単なるグレーの階調となった。色彩を好まなかったわけでは決してないので、それは不幸にも才能の欠如に起因するものであり、色彩を自在に操る絵画を見るとなぜ、この表現を生み出すことができるのかと感嘆とともに絶望したものだ。
優れた音楽を聴いていると、煌くばかりの色彩のイメージで圧倒されることがある。昨日の夜、たまたま聴いたドヴォルザークのスラブ舞曲で私の身体は色彩感覚に満たされた。チェコの画家クプカは、色彩を形状を内包した表現方法として使っている。具象画家であったクプカがまだ抽象表現に向かい始めた初期の頃、画面は息詰まるほどの色彩の洪水で支配され、色彩は形を表現するための手段だった。リズムを伴う色彩のパターンは形状として画面に秩序を持たせている。チェコと言う国が一体どんなお国柄なのかはさっぱり分からないが、たまたま知っているこの二人の芸術家たちの色彩感覚豊かな独自性は、何かチェコという微妙な国民性に由来するものがあるのだろうか、とぼんやり考えたりして。