心の旅路・東京編(下)


2日目

ニューマタンゴを後にし、一瞬小林先輩の家に移動して佐藤君と3人で飲み始めたとき、既に時刻は4時を回っていた。もうこのへんのやりとりはぼんやりしてるけど、とにかく翌日(ていうか今日)は3人で高尾山に登ることになり、この飲み過ぎな状況は確実に二日酔いで登山した過去のいやな状態と酷似していることに涙が流れそうだけど、10時に迎えにくればいいんだろ?という小林先輩の力強い一言で、登山は避けられない運命だと諦めてホテルまで送ってもらう。部屋になだれ込み、ベッドにもぐったのは5時。8時半の携帯アラームで目覚めた時の気分は筆舌に尽くしがたい。

先輩が来るまで1時間半のあいだに酒を抜いて山へ行かねばならぬ。シャワーを浴び水をがぶ飲みしてもまだ鈍い頭痛。鉛のように重い手足を機械的に動かして10時の期限ぎりぎりにチェックアウト、駅前で先輩を待つ。ところが来ない。30分待っても来ない。メールを送っても返信なし。寝てるんだろうなあ、羨ましい、怒ってると思ってると思ってるだろうか、このまま東京スカイツリーでも見て帰ろうか、とか30分の間にぼんやり考える。でも行き方が分かる場所はこの時点で高尾山だけ。呪われた運命に導かれて、東京という大都会でたやすく約束を反故にする人間になった小林先輩に感謝しながら、頭痛と気分の悪さを我慢して電車に乗る。この時間帯、ほんとに一人になれて良かった。

普通電車で1時間半も揺られ、朝食も摂ってないのですっかり車酔い状態。ふらふらしながら高尾山口に到着、とにかくなんか食べようと適当に入ったつたや。


高尾山名物とろろそば。そばやさんが軒を連ねています

まあ味なんて全然わかんなくて、大した量でもないけど食べきることに苦労する。無理矢理流し込むように食べて、胃はちょっと落ち着いたんだけど腸がいやな気分になる。でもどうせ山頂まで1時間半だし、それまでにはなんとかなるだろうと不調には目をつぶって登山開始。山頂に至るルートはたくさんあり、私は途中に滝があるってんで6号線を選択。


あまりの牛歩に、ヒールでミニスカのお姉ちゃんたちでさえ私を抜いていく


小一時間かけて滝に到着。ちょろちょろ……。行者さんがこれに打たれるらしい


滝からさらに進むと、傾斜がきつくなってくる

このあたりでお腹の不調は見まごうことない激痛に変わり、下山を決意。1時間弱かけた道のりを10分ほどで駆け降りる。すれ違った人には私の姿は見えず、一陣の風が巻き起こったとしか感じないであろう。括約筋との勝負に辛勝したものの、ケーブルカー駅に逆戻りしてしまった。まあいい準備運動になったと諦めるしかない。仕切りなおして同じ6号線で登山再開。登山途中ですれ違ったおじさんによれば6号線が一番きついそうで。そこを自分が選択したっていうのは、やっぱり避けられぬ何らかの天の意思があったと思うしかない。中腹のケーブルカー駅からは薬王院に続く参道で、登山というよりは坂の多い寺への参拝程度。道は舗装されぐっと楽になる。


なんか美味しそうだったので買ったごまだんご。普通に美味しかった


道中、梅の花は8分咲きから満開で見ごろを迎えている

ケーブルカー駅から先はぷらぷら歩いて、ほどなく山頂。少々ガスってるけどよく晴れてて、富士山が目に飛び込んでくる。こんな風にちゃんと富士を見たのは初めて。ああ私、これに登るわ!となんか泣きそうになりターゲットを見つめる。富士はひときわ高く、裾の方まで白い雪に覆われ、美しい山容で日本人たる私の心を鷲掴みにした。


写真ではぼんやりですが、山頂には笠雲がかかり、激しい風を想像させます

富士山ですっかり舞い上がり、帰りの電車は快速になったりして乗り換えもせず新宿に連れてってくれるし、気分上々で登山を終える。

メールで平謝りしてた小林先輩と待ち合わせをし、新幹線に乗る前に食事へ。身体はへとへとだったけど、先輩と喋るのは疲れなくていいなあ。今日は約束を守らないでくれたおかげで、とてもいい登山ができたと感謝する。


新宿の純喫茶西武。内装も激しく素敵

新幹線に乗り、終電で家にたどり着いたのは日付も変わる0時ちょうど。名古屋は雨が降っていた。ママ、東京楽しかった?と私に気付いた娘が寝ぼけて聞いてくる。行き先が東京だなんて話したっけ、まあ、すっごい楽しかったよと、高尾山で買ってきたお守りをあげた。(了)