老いた父と、気違いの姉と


私には一人の父と、一人の姉がいる。父は私たち姉妹にとって非常に厄介な存在であり、精神にどれほどの傷を受け続けてきたかしれない。しかし私は父より命を与えられ、他人のそれと大きく異なってはいても愛されていることは何となく分かったし、金銭的にも世話になったという恩義がある。だから今更昔のことを蒸し返すつもりもない。かといって必要以上に親孝行に費やそうとも思わない。とにかく今後は余生を穏やかに過ごしてくれればそれで良いと、人並み程度に思うに至った。まあこんな親子の軋轢ってのは世間に枚挙のいとまがなく、別に私の人生が特別だったとも思わないし、こんなもんだろうと受け入れている。

それはさておき、問題は姉なのである。今年に入ってからというもの、幼少の頃よりおかしかった姉はいよいよ人格障害を顕著にさせている。姉は40もとうに過ぎホルモンバランスも崩れ、かつては若くして癌も患い、例え常人であっても気分にムラができて無理からぬ年代ではあろう。が、それもひとえに自己責任、父とは違いこいつには何の恩義もないわけで、今後他人(つーか私)に迷惑をかけぬよう、一人勝手に生きていけと思っていた。

ところが、である。極めて異常な性質を(少なくとも私は)認めていたものの、他人に対しては人畜無害で、黙って存在している分には、存在そのものが気味悪くはあっても別段被害を与えることのなかった姉が、その異常性により数十年来脳を蝕まれ続け、更年期という時期を経て、いよいよ何らかの器質的な欠損に至ったと思われる。もはや、まともな人間として接触することは不可能になった。

もともと姉の脳には、狂う素養があったのだと思う。子供の頃から父と姉の反りは絶望的に合わず、そんな生活が姉の脳をどんどん傷付けていたというのに、大人になって再び父と姉が二人暮らしなんか始めたんじゃ、そりゃおかしくもなるというもの。当初は社会不適合の姉を憐み、自分の命ある限りは守っていく決意をしたと思われる父も、今は姉に対し何の感情もないと言い切る。気違いと暮らし続けたことで、多分父も、精神的にやられてしまった。姉の気狂いが常軌を逸するのと時を同じくして、父の身体の状態が目に見えて悪化した。それが更に姉を追い詰め、追い詰められた姉が暴れ、父の寿命は更に縮んでいく悪循環に陥っている。

今日父は、相談を続けていたケースワーカー精神科医と話し合い、姉の強制入院を決めた。これから病院のスタッフの手配をし、当日は警察官も立会いの下で、病院へ連行されることになる。